多文化・国際協力学科学科発信メディア

フィールドワークが拓く未来 ー 卒業生の挑戦

寺澤愛美さん(2022年度卒業)NHK広島放送局勤務 ディレクター(2025年3月現在)

2025.03.13

卒業生インタビューをもとにゼミの担当教員が執筆したエッセイを掲載します

「世の中って人の気持ちでまわっている」

原爆ドームの北側に位置する基町アパートは、1978年にかつて原爆スラムと呼ばれた場所に建てられた。戦後の引揚者、中国に残留した日本人、在日コリアンなど戦前からの歴史と生活が引き継がれている場所でもある。近年は若者など新しい住民を惹き寄せ、著名な現代美術作家が創り出したスペースは団地育ちの在日コリアン3世によって管理されていて、そこには表現者だけでなく近所の商店街に集う老若男女が集い餅つきをする様子が描かれている。寺澤さんが初めてディレクターとして作成したNHKの番組『小さな旅——ごちゃまぜの故郷で〜広島市基町アパート』の一コマである。

寺澤さんは広島から遠く離れた、高度経済成長期であった1960年代から農村地域から郊外住宅へとその姿を変えていった東京の町田で育った。母親は、寺澤さんと妹、弟の3人を育てあげた。ZOOM越しの「本当に色々な人に世話になったから」今の自分があるという言い回しは、2019年の秋ごろに同期の2人の学生と一緒にゼミ見学に来たときにも伝えてくれたことを鮮明に覚えている。自分が育ったまちや環境から生まれる感覚や問題意識を頼りにジモトで足繁く通ったライブハウスやそこに集う人びとの生活史を聞き取り、そこに自分史を交えたオートエスノグラフィが寺澤さんの卒業論文である。ライブハウスは、音楽が好きで自分自身を表現したい若者たちのエネルギーが満ち溢れた場所であるとともに、地元や家庭に違和感を覚える彼女たちの居場所でもある。もう一方で、聞き取り調査を進めていく中でクリエティブなことを仕事にしたいと業界に身を置くことで疲弊してしまうという搾取の構造も浮き彫りになった。

「大学でやったことと仕事が一緒」。関心のあるテーマや対象の情報収集をしてアポを取り、現場に赴いて取材対象者と関係性を構築することは、大学での学びのあり方と地続きだったから戸惑うことが少なかった。そもそも、寺澤さん自身が居場所を求める若者たちのフィールドワークを志したきっかけの一つが大学の授業で観たNHKのドキュメンタリー番組であった。彼女の仕事は「自分の関心に紐づいている」。取材を進めて対象者を取り巻く出来事を学ぶなかで大事にしているのは「自分はこう、という自分の感覚とすり合わせる」ことだ。「世の中って人の気持ちで回っている」と語る。まだ仕事を始めて1年が過ぎたところだが、今の彼女が到達している心境や充実感が伝わってくる。メディアから発信される数多の情報が人の心を乱し攻撃的な表現を生み出す現代社会において、「情け」の感覚を大事にすることが防波堤になるのだろう。

「プライベートと仕事の境目がない」し、彼女の生活は「ほぼ仕事」に埋め尽くされている。仕事が終われば先輩たちと広島の夜のまちに繰り出し朝まで飲み「愚痴」を共有する。学生時代のフィールドワークの際には感じることができなかった報道の責任の重さを痛感している。「扱っているものの大きさ」に圧倒されることも多いが、「自分の目線で」向き合うしかない。そんな寺澤さんが取材を進めているのは、2014年8月20日に広島市北部で起きた土砂災害だ。この地域は、1960年代後半より郊外開発された場所でもあり、彼女が育った町田とも似通った丘陵地が宅地開発されたところだ。災害から10年が経過した今、遺族に「手紙を書いて」やりとりをしている。過去の新聞記事など目を通さなければならない資料も山積みだ。職場で仕事の合間にインタビューをしたこの日も夜の10時くらいまでは仕事であるが、とても充実している日々を過ごしていることが伝わってきた。

文責:川端浩平

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